神戸・淡河で米農家を営む「バリーズ工房」です。
初夏の風が田んぼを渡り、そろそろ田植えの時期が近づいてきました。
バリーズ工房が大切にしている「古いものを活かし、自然と共に歩む暮らし」。
今日は、里山という日常の中で起きた、小さくて大きな発見について綴ります。
危機一髪の出会い
5月上旬、田んぼの近くで草刈りをしていた時のことです。
汗ばむ陽気の中で作業を進めていた私の目に、「あるもの」が飛び込んできました。
(……あぶない!)
反射的に草刈り機の手を止め、足元を覗き込むと、そこには枯れ草を器用に編み込んだ小さな巣がありました。
そして中には、うずらの卵をさらに小さくしたような可愛らしい卵が2つ。
(あと数センチ草刈り機を止めるのが遅れていたら。)
親鳥が懸命に場所を選び、一本一本草を運んで作り上げたシェルター。
一体、何の鳥の卵なのでしょう。
撮影した画像をAIに読み込ませると、「スズメ」の可能性が高いとの見解でした。便利な時代になったものですね。
街なかでも身近な存在であるすずめですが、その卵をまじまじと見る機会は現代の暮らしの中では意外と少ないものです。
田んぼのすぐ脇で命を育むすずめの生態を、改めて身近に感じることができました。
子どもたちの瞳に映る「命の重み」
この「なんだろう?」という問いこそ、学びの原点ではないでしょうか。
私は小学生の娘と息子にスズメの卵を見せてみました。
子どもたちは目を輝かせ、壊さないように、息を潜めて巣を覗き込みました。
図鑑で見る写真とは違う、本物の質感、色、そして「今まさにここに生きている」という気配。
子どもたちの鋭い観察眼は、大人が気づかないような細かな模様の違いや、巣の構造の不思議を見つけ出していきます。
ひとしきり観察をした後、子どもたちに聞いてみました。
「このままじゃ、また草刈り機で刈ってしまうかもしれないね。どうすれば安全やと思う?」
「家に持って帰って育てたらいいやん。」
「でも卵が無くなったらスズメのパパとママが悲しむやろ。」
命を慈しむ気持ちは、教えられて身につくものではなく、こうした実体験を通じて心に芽生えるものなのではないでしょうか。
私たちは、田んぼから安全な場所に巣をそっと移しました。
軒下のツバメ、そして里山という教室

自然の中の出会いはスズメだけにとどまりません。
私が住んでいる古民家の軒下には、ツバメたちも命を育んでいます。
ツバメの親鳥たちは休む間もなく卵を温め、孵ったばかりの雛にエサを運ぶために、忙しなく飛び回っています。
「人の気配」がある場所を、あえて安全な子育ての場として選ぶツバメの知恵。
スズメが地表近くの草むらを選び、ツバメが人の家の軒下を選ぶ。
それぞれの生き方が、一つの家、一つの集落の中に共存しています。
こうした光景は、里山という環境だからこそ日常的に触れられるものです。
里山での暮らしは、単なるスローライフではありません。 そこには、「日常という名の教科書」があります。
図鑑を開かなくても、季節の移ろいとともに現れる昆虫や鳥たちが、生命の循環を教えてくれます。
植物がどのように芽吹き、どう枯れて土に還るのか。食物連鎖の厳しさや、共生の美しさ。生活しているだけで、五感が研ぎ澄まされ、心が耕されていく。
子どもたちにとって、これ以上の「学校」はないのではないでしょうか。
里山暮らしの中にある発見
今回見つけたスズメの卵が、無事に孵り、大空へ羽ばたいていく。
そして、それを見守った子どもたちが、命の尊さを知る大人へと成長していく。
そんな循環の一部に、私たちの仕事や暮らしがあることを、とてもうれしく、誇りに思います。
不便さの中にある豊かさ。 何気ない日常の中にある発見。
これからも、里山での暮らしを通じて見つけた「宝物」を、皆様にお届けしていければと思います。
皆様もぜひ、足元の小さな自然に目を向けてみてください。
そこには、思いがけない感動が隠れているかもしれません。

